ペイオフとは

なぜペイオフは解禁されたのか

預金保険制度ができても、政府は金融機関の経営危機に対して長い間巨大な公的資金を投入して保護し続けました。すでにペイオフの対象となっていた定期性預金に対しても、相変わらず全額保護としていたのです。保護には国費(税金)が必要であり、そのまま全額保護を続けていくと国の財政が危機的状況になり、それは結局国民の負担が増大するという事態が懸念されるようになってはじめて、ペイオフの解禁が検討されるようになったのです。

銀行が破綻した際に、一定の金額の範囲内で預金者に直接預金を払い戻すペイオフ制度自体は、預金保険制度がわが国に導入された昭和46年から存在していました。ただ、実際には、バブル崩壊後しばらくは経営難に陥る銀行があっても他の有力銀行と吸収合併し、資金援助を行うということで結果的に全額保護という形をとっていました。やがて大型の金融破綻が続発して金融危機に陥るようになり、連鎖倒産などの金融システムの崩壊を防ぐため、1996年(平成8年)には全額保護としたのです(ペイオフ凍結)。

その後2002年4月から定期預金等は全額保護の対象外となり(ペイオフの一部解禁)、さらに2005年4月から普通預金等も全額保護の対象外となり、本格的なペイオフ解禁という事になりましたが、結局ペイオフが実施されたことは2010年までは一度もありませんでした。

2010年日本振興銀行が経営破綻し、初めてペイオフが発動されたのです。日本振興銀行が取り扱う預金はすべて定期預金であり、日々の決済に使う普通預金や当座預金などは扱っていません。金融ネットワークにも加盟していないし、破綻しても他の金融機関にあまり影響しないのでモデルケースとして実施されたのだ、という見方もあります。

いままでのようにいざという時には全額保護なり、資金援助なり預金保険機構がすべて面倒を見てくれるとなれば、経営の危うい金融機関が高い金利を設定して、多くの預金をかき集めようとする事態もでてきますし、預金者自身も金融機関を見る目も甘くなり「銀行は倒産しない」という間違った観念も横行していました。ペイオフ解禁によって金融機関が安定した経営を行うための自助努力が今まで以上に必要になり、それと同時に、預金者も自分の財産は自分が守るという意識が必要となり、自己責任での選択をしなければならなくなりました。