ペイオフとは

なぜペイオフは凍結されたのか

2010年9月、日本振興銀行に対してペイオフが発動されました。1971年に預金保険制度が制定されて以来、日本でペイオフが発動されるのは、これが初めてとなります。制度ができてもバブルが崩壊する1990年代半ばまでは、へたにペイオフを発動すると、銀行が連鎖倒産するかもしれないという危機感から、実際にはペイオフは実施されることはありませんでした。不良債権などにより経営が危うくなった金融機関に対しても、破綻を回避させるために他の金融機関との合併を強力に指導し資金援助するなど、ほぼ全額の保護を行っていたのです。そのため、戦後の日本において金融機関の経営破綻は皆無だったといいます。

しかし1990年代半ばから2000年代前半にかけて、バブル崩壊による不良債権問題が深刻化し、日本では金融機関の破綻が相次いだのです。ここでペイオフを発動すると、経営力の大きい銀行へ預金が集中し、経営力の小さい銀行の連鎖倒産などが懸念されるとして、政府は1996年に法律を改正し、ペイオフを一時凍結し、2001年までの特例措置として税金による預金の全額保護を表明しました。

しかしその不良債権処理は進まず、相変わらず破綻する金融機関は相次ぎ、その状態でペイオフを解禁すると混乱が生じるとして、2002年3月まで凍結を延期しました。その後定期性の預金については2002年まで、普通預金など決算性の預金については2003年まで全額保護とするとしましたが、実際にはその資金である国の税収が圧迫されることになりました。それでも当時の小泉首相によりペイオフ解禁は2005年まで延期されたのです。※ 小泉首相について

こうしてペイオフの解禁延期をくりかえしているうちに、国民の間に銀行はつぶれないという神話が生まれました。また破綻しそうになっても全額保護されるという事から、金融機関が自ら工夫して経営を安定させるなどの自助努力が希薄になったといいます。